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 昭和61年4月に誕生した白子高校奇術部は前任校同様毎月1回福祉施設を訪問し、奇術を披露する活動を続けてきたが、生徒があまり入部してこないので生徒集めに苦労した。しかし毎年熱心にボランティア活動に取り組む生徒がいてその生徒達とともに活動を続けてきた。
 
生徒は活動の様子を新聞に投書し何度か掲載されたことあるが、そのなかから一部を紹介すると 
 「高校に入学した私は奇術部に入り、改めてボランティアとかかわることになりました。それまで私はボランティアといえば、募金をする程度のかかわり方でした。
 奇術はハト出しの担当です。何度も練習して、初めて舞台の上で奇術を披露する日がやってきました。緊張して思うようにできませんでしたが、ハトを出したとき拍手をしてもらって、とてもうれしく思いました。
 覚えたばかりの奇術を、それまで接点のなかった施設の人たちに見せ、喜んでもらえたことが自分への励みにもなりました・・・」

 「私は高校に入学し、数多くあるクラブの中から奇術部に入部し、このほど福祉施設を訪問し奇術を披露しました。施設へいくのは初めてなので、どんなところなんだろうという気持ちと失敗したらどうしょうという気持ちが交錯してしまいました。時の過ぎるのがすごく早く感じられ、すぐに私の順番がまわってきました。
 練習してきた奇術を一生懸命に披露しましたが、思いがけない大きな拍手をもらっていままでの不安が目の前から消えてしまいました。施設の人達はどの人も個性豊かで、ちよっとしたことでも感情を素直に表し、うれしそうな表情を私達に示してくれました・・・」 

 奇術部の活発な活動が認められ、小さな親切運動三重県本部や日本教育研究所のいきいき活動奨励賞、福祉系の大学からテンダーハート賞、中日ブルーバード賞などの表彰状をもらった。また平成3年1月に初めてマジックショーを開催した。
 「なんとか大きなクラブに成長したい」の願いの一つがこのマジックショーの開催だったが、マジックショーは7回続き、次第に大きく成長した奇術部だったが、顧問の転勤により11年間の活動を終え、奇術部はボランティア部に名称変更した。

 このほか白子高校での活動は生徒会と文化系の6クラブで構成されるボランティア委員会に属する生徒が毎年1回養護学校や地域の公民館を訪問し吹奏楽部の演奏に合わせて奇術部が演技をしたり、演劇部は寸劇、放送部は司会、新聞部は訪問時の様子を取材、家庭クラブは小物入れや手作りのお菓子をプレゼントしたりして楽しいひとときをすごしてきた。



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