昭和51年4月津西高校に新しく奇術部が誕生した。始めは同好会から出発するのであるが、開校3年目なのでクラブとして出発した。1年生を中心に12人の生徒が入部してきたが退部していく生徒も目立ち、5月末には6人になってしまった。結局6人で奇術部が軌道に乗ったことになる。それ以来毎月1回老人ホーム、児童福祉施設などを訪問し、奇術の披露を通じてともに楽しいひとときをすごしてきた。

 クラブ設立初期の活動の様子を「十代のボランティア体験レポート」に応募し入選した生徒は次のように書いている。
 「訪問先ではいつも私達は歓迎されます。練習不足のため失敗することもたびたびありますが、失敗は失敗としてこれが人気があり喜んでいただけるのが私達には救いでもあります。私達が演技で何かを出し、何かを消したりするたびに『ワー』という歓声や拍手が起こるのを聞くと、うれしさで心の中がいっぱいになります・・・」

 クラブ初期のころは予算もあまりつかず資金面でも苦労したので、訪問時の様子をスライドにしてボランティアコンクールに応募して入賞をめざしたが選にもれた。しかし昭和56年3月に朝日ボランティア受賞団体に選ばれ副賞として30万円いただき、東京まで奇術用品の購入にでかけたこともあった。
 その受賞の様子が大きく新聞に報道され、1ヶ月後に新1年生が15人も入部してきたのにはおどろいた。津西高校奇術部は10年間続き顧問の転勤により奇術部は消えてしまった。



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